総目次

南スラウェシの木造船

脇田清之
2022/12/21

南スラウェシの伝統的な木造船ピニシ(Pinisi)とその造船工法が2017年12月7日、国連教育科学文化機関(UNESCO)の人類の無形文化遺産に登録され、脚光を浴びました。木造船ピニシとは19世紀中頃から1970年頃まで、南スラウェシで建造され活躍した、2本のマスト、7枚の帆を備えた優雅な帆船のことですが、地元政府が観光PRに使っていることもあり、いまや「ピニシ」は南スラウェシで建造する木造船全般を指すブランド名になった感があります。 しかし一方、華々しいニュースとともに、木造船産業をめぐる様々な難題も現地新聞などで報道されています。繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics: FRP)を使ったFRP船との競合による木造船の受注難、木造船を建造するために必要な木材の入手難など問題山積です。木造帆船と言うと前世紀の遺物と思われるかも知れませんが、風力の活用、森林資源の活用、じつは時代を先取りした船ではないでしょうか。


2本のマスト、7枚の帆を備えたピニシは南スラウェシのシンボルにもなっています。
ピニシの語源は西欧の中小型帆船、ピンネース(pinnace)が訛ったものと思われます。

 

1997年の頃、私がJICAから派遣されていたマカッサルの造船所(PT.Industri Kapal Indonesia)は、南スラウェシ州政府からの要請によって、木造船建造の技術支援をする立場にありました。そんなわけで、木造帆船建造の村として知られるタナベルには、会社の同僚とたびたび訪れています。当時は欧州から個人用ヨットの建造も多く、日本からの発注もありました。

2019年11月中旬、もうすでに中国で怪しげなビールスが拡散しているとの噂が広まっていましたが、現地新聞報道(ネット情報)が気になって、駆け足で南スラウェシのブルクンバ県のタナベル(Tanaberu)、タカラール県のガレソン(Galesong)、造船用の木材を植林するタカラール県南部パンダラ(Pandala)のプランテーション、マカッサルのパオテレ(Paotere)港を廻って来ました。 調査の概要は「よりどりインドネシア」(2020年1月8日号 vol.61)にてご報告済ですが、昨今の事情も加えて再編集してみました。

●タナベル(Tanaberu)にて

一時期寂しかった海岸には多くの木造船が並んでいました。ピニシが国連教育科学文化機関(UNESCO)の人類の無形文化遺産として登録されたことによる宣伝効果かも知れません。

一方、木材資源の枯渇も深刻な問題になっていました。船体構造のなかでも、とくに強度を必要とする船首、船尾部分、船底キール部分に使われる木材が、森林保護規制や、樹木が十分に成長していないこと、などから入手困難となっていることです。造船の現場を廻ってみると、部分的に鋼材を使用するなどの例が見られました。最近は船の発注者、特に欧州の船主やコンサルタントの指示によって、船が海底に接触した際に力のかかる船底キール部分に鋼材を使って強度を高めるケースが多いようです。


造船所には鋼材が置かれて、鉄工場?のような雰囲気になっていました。


また、船体外板は腐食防止のFRPライニングが施されていました。船底部分だけを見ていたら木造船であることに気がつかないかもしれません。

ピニシは、南スラウェシの伝統的な木造船に西欧式の帆装装置を取り付けた船でした。その後、帆船からエンジンとプロペラで推進する形に進化してきました。いま木材資源の枯渇の問題に直面しています。すでに、一部に鋼材が使われていました。今後どう対応していくか注目されます。

●ガレソン(Galesong)にて

南スラウェシ州タカラール県のガレソン(Galesong)にも、小規模ですが木造船の建造・修理を行う地域がありました。新造・修繕半々で、新造は岸から離れた木陰で、修繕は岸辺に引き上げて作業を行っていました。ここの船大工たちは、かつて前述のタナベルで修業を積んだ方たちだそうです。


建造中の小型木造船船底部分


マカッサルから近いので小型木造船の修繕の需要も多いようです。

多くの修繕船が入っているので、最近の木造船の実態を見ることができました。近年はキール(竜骨)の材料となる強度の高いウリン材(Ulin。鉄木ともいう)が入手難のようです。ここでも船体強度を高めるため、かなりの鋼材を使用しているケースが見られました。


小さな船ですが、フレームは鋼材が使われていました。

ガレソンではFRP船も建造するとのことでした。当地のFRP船は、木造の船体部を薄い繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics: FRP)でライニングした船を指すことが多いので、実態を見たかったのですが、今回は遭遇できませんでした。

●タカラール県パンダラ(Pandala)にて

タカラール県南部にあるパンダラ(Dusun Pandala)では、木造船建造に必要なビッティ樹(Kayu Bitti; Vitex cofassus)の植林が進められていました。ビッティ材は耐海水性が高いため、南スラウェシで建造される木造船の外板やフレーム、甲板(デッキ)、上部構造(居住区など)として使われています。 このプロジェクトを推進しているのは、かつてハサヌディン大学で造船工学(船体構造)について教鞭をとったバハルディン・アビディン(Dr.Ir. H. Baharuddin Abidin)さんです。

約20年前、ハサヌディン大学大学院における研究テーマとして沿岸地域開発が取り上げられ、南スラウェシのいくつかの沿岸地域の調査が行われました。その一つとして、タカラール県における沿岸開発についての研究が進められました。
その後、だいぶ時間が経過しましたが、2007年、マカッサルのロータリークラブ(Rotary Club of Makassar)による支援、タカラール県政府からの全面協力を得て、パンダラにおける植林事業が始まります。
当時、マカッサルのロータリークラブの会員は、毎週金曜日には現地を訪れ、村民とともに金曜日の祈りを捧げ、その折に 村民たちに緑化の重要性を説明しました。村民と共に野外パーティを開催するなどの交流も行われました。こうした会員の努力、また篤志家の支援もあり、2,000本のビッティ樹の植樹に漕ぎつけ、プロジェクトは動き出します。その時点で、最初の計画から、すでに12年が経過していました。


2014年に植樹され、5年を経過した状態

ビッティの木は乾燥に耐え、乾季には葉が落ちますが、雨が降ると葉は青々と茂るそうです。今回 私たちがこのプランテーションを訪れたのは11月中旬で、地面は地割れするほど乾燥していました。地面の乾燥を防ぐため、枯れて落ちた葉は丁寧に木の根元に集められていました。

ここでは樹木の生長に合わせて、伐採前から、木造船の建造に適するような樹形に整えることも計画しています。

植えられている樹木はまだ弱々しいですが、すでに5年半を経過していることになります。こうした厳しい環境のなかで時間をかけて成長するから耐水性の高い木材が得られるのかも知れません。

このプランテーションも雨期に入れば美しい緑の森となります。この団体ではグリーン・ツーリズムにも力を入れています。美しい緑の森を散策したり、苗木1本あたり25,000ルピア(約200円)で植樹体験したりすることもできます。

このプロジェクト(Wisata Pendidikan Di Lingkungan Alam Terbuka)を運営する団体は、マカッサルに事務所を置くLPTM (Lembaga Profesi Teknik dan Manajemen)で、土木建設用の重機の操作や溶接訓練や管理について教育訓練を行っています。そして、この団体の代表(Managing Director)がバハルディン・アビディン(Dr.Ir.H.Baharuddin Abidin)さんです。


雨期のプランテーション、中央がバハルディン・アビディン(Dr.Ir. H. Baharuddin Abidin)さん

パンダラ(Dusun Pandala)の広大な土地は、その大半が地元農家の土地です。将来ビッティ材が売れれば、またグリーン・ツーリズムで客が訪れれば農家が潤うように計画されています。20年前、ハサヌディン大学大学院で行われた彼の研究テーマが具体的に動き出していました。

現在の植林は、パンダラにおけるビッティ樹のみですが、さらに強度の高いウリン材(鉄木)を生産するための植林を計画中とのことです。 ウリン材は鉄木と言われるように強度が大きく、船底のキール(竜骨)や船首、船尾部の構造材料として使われてきました。しかし現在、この木の枯渇が問題になっています。そこで、この団体ではウリン材の植林についても、別の地域で実施ことを計画中です。すでに地方政府と協議中とのことでした。これから何世代か先を見ての新しいプロジェクトが動いていました。

●マカッサルの Paotere 港にて想う

マカッサルのコンテナターミナルの北には 近辺の地域、諸島と間の輸送を担う小型船専用のパオテレ港があります。 時代とともに島嶼間の輸送形態も変わります。パオテレ港に出入りする船舶にも変化が見られるとの話を聞きましたが、偶々我々が訪れたときは、多数の木造船が接岸し荷役作業を行っていました。たった一日だけの視察でしたが、インドネシアの島嶼間の輸送を担う木造船は健在でした。

日本の大手海運会社、商船三井は、10万トンの大型ばら積み船に硬翼帆を搭載搭載し、排出する CO2 を 8% 削減することに成功しています。また竹中工務店は、技術革新を通じて日本の木材利用を促し、低炭素社会の実現と、地方創生につながるまちづくりを進めています。

商船三井 帆搭載船を初公開【WBS】(2022年10月7日)


また竹中工務店は、技術革新を通じて日本の木材利用を促し、低炭素社会の実現と、地方創生につながるまちづくりを進めています。


出典:日本橋に国内最大・最高層の木造ビル。三井不動産と竹中工務店
https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1279734.html

持続可能な社会の実現を目指し、環境に優しい素材としての木材に注目が集まっているなか、木造船の建造に適した樹木の植林も手掛け、鋼材の部分的な活用など進化を続ける南スラウェシの木造船産業の将来に期待したいと思います。

Copyright (c) 1997-2021, Japan Sulawesi Net, All Rights Reserved.