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南セレウエス滞在記

永江勝郎

2007年7月13日(当時84歳)の永江さん 横浜にて

「南スラウェシ滞在記」の筆者、永江勝郎さん(1923.6-2015.1)は北海道十勝国大正村生まれ、1941年12月北海道庁立永山農学校を卒業、1942年6月から1946年5月まで南洋興発(株)の社員として南スラウェシ各地に滞在しました。

1998年頃、スラウェシの戦時中のことなど全く知らなかった筆者に「当時の状況を、思いつくまま」メールに書いて頂きました。メールは断続的に、半年くらい続いたように思います。

当時私はJICAの造船専門家としてマカッサルに駐在していました。頂いたメールをインターネットで公開するため、週末を使って、当時公開されていたマークアップ言語 HTML 1.0 を手作業で入力し、"Welcome to Makassar" (http://www.eternal-star.co.jp/wakita) に公開していました。(その後「スラウェシ島情報マガジン」(http://www5d.biglobe.ne.jp/~makassar/)、現時点では http://japan-sulawesi.sakura.ne.jp と転居が続いています。)

しかしその後、HTML 言語も進化し、最近の新しいバージョンでは解読不能になってしまいました。今回は元原稿を極力復元し、PDFファイルとして添付しました。お目通し頂ければ幸いです。

「南スラウェシ滞在記」

この「南スラウェシ滞在記」は、メールで頂いた原稿をそのまま繋ぎ合わせたものです。太平洋戦争の初期から南スラウェシのマカッサルに入り、南スラウェシ各地に滞在した記録は、当時の現地事情を知るために、たいへん貴重であると思います。

永江さんの著作には、この滞在記のほか「一番近いヨーロッパ、サハリン」(1998年7月)、「ユジノサハリンスク秋滞在記」(2001年1月)、「雪国の若者 熱帯の島に行く」(2002年3月、これは南スラウェシ滞在記とほぼ同じ内容です)、「身近にあった戦場」(2003年8月、「私史・ニセコアルペン物語」(2005年5月)「仙北屋繁盛記ー岩内場所請負人 佐藤仁左衛門伝」等があります。戦時中、大勢の南洋興発(株)の社員が南洋各地で体験した記録は纏めて国会図書館へ寄贈したと窺っています。

永江さんとはいつもメールでやり取りさせて頂きましたが、一度だけ横浜でお会いしました。2007年7月13日、クルーズ船に乗船するため横浜に来られた時でした。(一番上の写真)

2020-2-17
脇田記

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